to the site of "My Darling's Soliloquy."

 


May 13th, 2008 

わが妻・玲子からのメッセージ、題して「極楽浄土への道」

今日は5月13日(火)。昨晩、私が予想していた通り、台風2号は、夜中の内に三宅島から進路を少しずつ東に逸れて北上した爲か、朝眼が覚めた時には風もさほど吹いて居らず、既に昨夜の雨は霧雨になっていた。思い出すと、去年の今日は、家内が他界して通夜を営んだ。そんな思いが心に浮かんでくる前の、明け方に家内が次の様に私の心に囁いできた。
 
昨年の5月の6日の未明に私は貴方の心の中に飛び込んだ。「これからは、何事も貴方と二人三脚で、貴方が他界する時まで、一緒に娑婆世界での旅をする。そして、その後も一緒に浄土へと向かう。そう決心した私を貴方は優しく受け止めてくれた。以来、貴方の思うこと為すこと、確かに二人三脚の心意気で過ごしてきた。この間、娑婆世界では一年と言う長い月日を費やしたのだが、真実私の心では、私の肉体が朽ちてから僅かに一日位の経過にしか思えない。そんな短い時間の中で、幸い色々と反省をする機会を得ることができた。どの様な反省かと言えば、あの世とか極楽浄土とか色々と耳にしてきて、さてさてどんな処か、どの様にして行くべきかと真剣に考えてみたが、今一つの悟りに到達できた。」それは、般若心経の結句にある様に、「さあさ、行こう、みんなで行こう、悩みの岸から極楽浄土へ、行こう、行こう、みんなで行こう、この般若心経を行じて・・・」
然し、皆で行こうと言う極楽が、この大宇宙の何処かに存在するのではなく、もっともっと身近な処にあると言うことだ。それは、自分の心の中に実在していることが解った。と言うことは、肉体が朽ちた今、自分の心の中に、あゝもしたい、こうもしたい、あれはよろしくない、こうあるべきだ等々と考えたり心配したりしている間は迷いや我欲の世界に自分が存在している。いや、其処にはまり込んでしまっている。従って、色々な意味で自分の心が苦しくなってくる。これでは、自分が善悪の入り乱れた娑婆に居座って居るのと少しも変わらない。そこで、娑婆世界に何があっても、ありのままをそのまま受け止めて、それによって心が動かされなければ静寂の境地に居ると言うことになり、その心の居る場所が最初の段階の浄土である。次に、娑婆世界に何があっても、心が動かされないまま慈悲と愛の心で接し、心の想念の正しい人達の味方となって手をさしのべられる様な、そんな気持ちで居られる処が菩薩界なのだと理解に及んだ。「想念はものを創りだす」と言う玄理からして、肉体がなくなっている今でも、心の中で人類の平和を祈れば、そのエネルギーが娑婆世界に通じて、苦しみから救われる人達が徐々に増えてくることが解った。従って、地獄も極楽も、全て自分の心の中に存在している。どこか他の場所に在るのではない。去年の今頃は、貴方の心の中に飛び込んで貴方と二人三脚云々と思っていたが、今ようやく、自分自身が極楽浄土に住んでいることが理解できた。地上では一年もかかったが、天国では僅かに一両日程の経過であった。
従って、人間は、誰かが、この世を大平和にしてくれると願ったり祈ったりするのではなく、一分一秒が平和をもたらす一員として活躍することが肝心なのだ。世の中、あの世でもこの世でも、別なく、他力本願は一切通用しないことを肝に銘じて生きるべきなのだ。
只管神仏を拝めば己は救われると言うのは詭弁と言っても決して過言ではない。
もしも、手を貸してくれた人に巡りあえたならば、心の底から感謝し、報恩の心で世の中に接しなければならない。その様な縁は、大切にしなければならない。わき目も振らず、一心に正しく中道に生きている人には、神仏は、変化の人をお遣わしになり擁護援護なさる。
とは言っても、甲乙二者間だけの「花見酒」的な狭く小さな報恩と感謝の心などは超越して、もっともっと縁ある多くの人々に広く愛と慈悲に手を差し伸べなければならない。ただし、絶対と言って良い程に、お節介だけは無用。悟りと言うものは、人に教えられて悟るものではない。自ら苦しんで暗中模索、努力に努力を積み重ねた後、本当に心の底から感涙して悟るものだ。
 光明の 世界求めて 遥かなる
        悟れば浄土 わが心なり


 

May 4th, 2008 

今朝、時計を見ると五時を少し過ぎた処で、もう少し寝ようと思った。そしていつしか夢の中に入っていった。

そこに、玲子が現われて、「網代の毘沙門様にお参りしたいから、一緒に連れていって」と言う。そこで、はっと目が覚めて、それでは、と言うことで、毘沙門様の堂守の柳下さんに電話をした。「じつは今朝方夢枕に家内・玲子が現われて、毘沙門様にお参りしたいが、ご都合の程は如何?」。すると、柳下さんの仰るには、「今日ならば宜しいが、明日は出かけてしまう云々」。それでは、と言うことで、大急ぎで朝食を済ませ、パソコンを開き、着信emailを確かめて、一応なすべき事を済ませ、直ぐに家を出發した。電車の便もよく、午前12時ジャスト東京駅發の特急「踊り子」に間に合った。玲子は、常に私と二人三脚で居るので、どうも、魂だけで出歩くことはしない様だ。

網代の駅を降りると、さすが連休中と見えて、人影が普段よりも若干多い様に感じた。駅から徒歩10分程で毘沙門堂に到着。お参りを済ませて、色々とお話をし、美味しい「にぎり寿司」や「夏みかん」をご馳走になり、夕方の電車で東京に向かった。

 

May 1st, 2008 

今日は、丁度八十八夜です。立春から数えて88日目で、この日の摘んだ茶葉で造ったお茶は最高に美味しいのです。そして、あと四日もすれば、立夏なのです。

その様な日の明け方、まだ起きるのには少し早いかな、と思っていたら、いつの間にか寝入ってしまったのです。その間に見た夢と言うのが、これまた不思議と言えば不思議なのです。昨年の5月8日に家内・玲子が他界してこの方、一度も夢枕に現われなかったのが、初めて夢に現われたのでした。

ところどころがうる覚えなのですが、兎に角、私は飛行機に乗って玲子の居る処を訪ねたのでした。そこは沖縄のとある町で、玲子は公文式数・英・国の教室で、指導者として大勢の子供達を教えていました。私も訪れた序でに玲子の仕事を手伝ったのでした。その教室も定刻をかなり過ぎて授業が終了しました。そこで、私は、「また来るからね」と言い残して、帰路についたのでした。そして、飛行機は無事に羽田に到着。そこで、パッと目が覚めたのでした。

これに先立ち、連休を避けて、私は、ほんの身内だけで先月、即ち、四月二十七日(日)に菩提寺に於いて玲子の一周忌の法要を営みました。

丸三十年も公文式に精魂を傾けてきた玲子にとっては、肉体がなくなり、意識だけになった今でも、意識の中で公文式の指導に没頭しているのだと思いました。

人間は、だれでもそうですが、「慣性の法則」の通り、丁度、電車に乗っていて、電車が急停車した場合、乗っている人達は、進行方向に倒れるのと同じ様に、肉体と言う舟に乗った魂(意識)が、急に肉体が朽ちると、尚も舟の進行方向に進もうとして、肉体舟から前の方に飛び出して、それまでの動作をその侭継続しようとするのと全く同じだと言うことが、この夢で見た玲子の公文の先生と言う姿でよく理解ができたと言うことです。

恐らく、玲子が指導している生徒さん達は、肉体がなく、意識体なのだと思います。と言うことは、幼くして、何かの縁で、この世を去った子供達に違いないと思ったわけです。

玲子よ、どうか、頑張って、あの世での公文式の指導に全力投球をなして下さい。いずれ、私も意識だけの姿になった時、正式にお手伝いに参上します。

それまでは、私は、この娑婆に留まって、なすべき事を一生懸命為しとげるべく頑張ります。

人間の魂には、守護霊や指導霊が付き添っています。ですから、決して寂しいことはありません。

常に意識を明るく正しい中道に向けているからには、恐ろしいことは何もありません。


 

April 4th, 2008

明日四月五日は、玲子の73回目の誕生日である。だが、もう玲子は、この世にはいない。

なれど、玲子の魂(心)は、約束どおり、今でもづっと私の心の中に生き続けている。

そう思っている今日の夕方。何気なくテレビのスイッチをONにした。すると、「遅かりし由良の介」とでも言おうか、現代の医者たちのズサンさが明るみにでたニュース番組であった。でも、心の中に居る玲子は、私と一緒にそれを観ていた。玲子も何とか溜飲が下がったに違いない。そこで取り急ぎ、私の気持ちを別途Mixiに記述し、そしてまた、同文を茲に記載することにした。

玲子がまだまだ何とか歩ける時に、私は、玲子の担当医と大喧嘩をしたのだが、このテレビを観て、私の言い分が正しかった事がこれで裏づけされたのだ。玲子が他界して今日が丁度333日である。

*********************

 題名「日本の医療は100%当てにならない。そうなったのは患者の無知だと言っても過言ではない。」


その昔、山崎豊子の筆になる長編小説「白い巨塔」によって医療の世界の恥部が広く世に浸透したが、現実の今の医療の世界は、何ら当時とは変わっていないし、寧ろ悪くなっている。医師たちの反省と粛清は、昔以上にズサンな体を見せている。


日本の昭和初期までの常識では、医者になった以上、一年365日の内、本当に休めるのは正月の三が日だけで、あとは、年中無休。夜夜中でも、往診を頼まれれば、たった今往診から帰ったばかりであっても、患者の家にふっとんで行く。これは覚悟の上だ。

 
扨、病気に関して結論から言えば、十中八九まで、その原因は、患者の前々からの想念と行為にある。言い換えれば、病気は「霊障」或いは「気の病」そのものである。然るに、医者は、霊障であること気の禍であることなどを決して認めない。勿論、「医は仁術なり」を心から実践している医者は、或る程度の霊視が出来る様になるから、「この病は、こうして治せば治る」と言う確信が得られ、それなりの正しいアドバイスが患者に対して出来るのであるが、多くの医者は、医者になるまでに概ね数千万円也の大枚のお金がかかり、医者になった暁には、速やかにそれまでの費用を取り戻そうと考えて、恰も製薬会社のセールスマンにもなった様な、猛烈な利益追求型ビジネス・ドクターと化してしまう。その様な根性では、絶対に霊視なんか出来るものではない。正しい霊視が出来る様になるには、何も医者に限らず如何なる人であっても、犠牲的精神を発揮して採算を度外視する様な日々を送っていなければ絶対に不可能である。人の魂から常時発散されている光のエネルギー(オーラ=生体エネルギー)の明暗を識別するには、先ず、看る人の心と行いが中道でなければならない。これは、てんびん秤の支点と同じで、心が揺れていれば、支点が狂っているのと同じで、正しい重量が読めないのと同じである。私がまだ二十歳代の頃、私の知己の医者の中に、霊視が出来る女医がいた。患者の傍らに居る守護霊が、患者の本当の容態を医師に報告する。それを医者は、参考にして、自分なりの最良と思われる治療を施す。

だが、その様な守護霊も「この人は、いくら私がアドバイスしても気が付いてくれない。」と言って愛想をつかすと、匙を投げて医者にもその旨を伝えずダンマリである。それでも、医者は、何とかしてあげようと献身的に努力する。今は、その様な医者には、金のワラジを履いても見つからない。只管、適宜病名をつけて薬を投与することに専念する。更に、悪いことには、医学会の重鎮などの診断した事に関しては、別の医者は、「この診断は間違っている」と言うことは、タブーとされている。もしも、異議を唱えた事が、その重鎮の耳に入ると、その医者は医学会から村八分(Social ostracism)にされてしまう可能性が非情に高い。現実に医者の世界とは斯くも下劣極まりない世界だ。当然介護の世界でも同じと言えよう。扨、前置きが長くなったが、
本夕TVのニュースでも報道された、「東京クリニック」での長年のズサンな薬の処方である。


要するに、この場合は、精神科及び心療内科の分野で起こったことであるが、或る猛烈営業マンが、会社での活動に成績を上位に維持せんが爲の心労で、躁鬱病を発生し、外来でこのクリニックに訪れた際、処方されたのが、チバガイギー社製の「リタリン」と言う白色の錠剤である。最初に服用した時には、目がパッチリとして頭が冴えてやる気十分になり仕事も上々の成績を収めた。言い換えれば、戦時中日本の特攻隊員の出撃前に飲ませたヒロポンみたいなものである。一口に言えば、死を恐れなくなってしまう。それならば、「リタリン」も麻薬みたいなものではないか?と誰でもがお思いになるでしょう。実は、その通り、中枢神経興奮剤で、大脳に速やかに作用し、脳細胞を刺激し、自発運動を盛んにする作用が大である。更に、一般の抗鬱薬(デパスとかセルシンなど)で効果が見られない場合に、それと併用で効果が高まることが認められている危険極まりない薬なのだ。そこで、ただですら、一般の抗鬱薬での副作用、即ち、便秘や幻覚や幻聴が生じるのに、それが数倍も増加してしまい。更に、発疹、関節痛、食欲不振、吐き気、不安、不眠、神経過敏、誇大妄想、頭痛などが頻繁に発生してしまう。言い換えれば、精神病患者に、この「リタリン」を連用させれば、無意識の内に人を殺めることにもなりかねない。かかる恐ろしい薬が、かなり昔から、多くの医療機関で処方されていた。この様な事を平気で行ってきたのが、現実の日本の医療の世界なのだ。そして、日本の殆ど、いや欧米の殆どの医療の世界では、「リタリン」の副作用を抑制するために、三叉神経通の治療薬またテンカンの治療薬である「レキシン」とか「テレスミン」とか「テグレトール」などを処方してきた。


だが、これらの薬の副作用は、ねむ気、集中力の低下、皮膚障害、肝臓及び腎臓機能の障害、聴覚異常である。これでも、医者は、「やれるだけの事はやりました。」と言って、患者の下を去るとケロリとしている。


私は、一昨年の丁度今頃であるが、東大病院へ身内の病人(玲子のこと)に付き添って、神経内科と心療内科の医者と実際にわざと周囲に聞ける様な声で、やりあった事がある。『どうして、天下に名だたる東大の附属病院で、旧態依然として不評判の対象療法(アロパシー)を、懲りもせずに続けているのか、どうして、本来人間の誰にでも備わっている「自然治癒能力の高揚」に努力しないのか。世界中の先進国で、対症療法に疑問を感じて、同種療法(ホメオパシー)に切り替えている医者が増えて来ているのに云々』。すると、あきれた事に、その医師たちは、「うちの病院は、あくまでも対症療法です。おいやならば、他の病院に行ってください。」とまあ、呆れた返事。更に言葉を続けて「病院が処方した薬は、全部キチント飲んでくれなければ、病気は治りません。」そう言って、沢山の同類の様な薬品名が羅列された処方箋を寄こすのであった。この一部始終を聴いていた、若いインターンの医師は、後でそっと私の処に訪れて、「まことにすみません、仰ることは重々判っていますが、先輩のドクターには、私の口から申しあげても通じないのです。」と謝ってきた。これこそが、「白い巨塔」そのものの生々しい現実なのだ。この様にしてしまった元凶は、厚生省と医師会と製薬会社であり、それ等を牛耳っているのは、東大の医学部なのだ。従って、癌の治療薬である「丸山ワクチン」は、開発に当たって東大に縁がないので、未だに保険が適用されない。この辺りは、今の厚生労働大臣・桝添氏が、いくら頑張ってみても、多分馬の耳に念仏であろう。実に嘆かわしい問題である。

 

 

 

 


 

March 2nd, 2008

本日は、玲子がこの世を去って丁度300日。今でも玲子の魂は、私の心の中に生き続けて

いる。そして、必要に応じて、なにがしかの意識が私の心に伝わってくるから実に不思議である。

私が何かを考えて、それを実行に移そうとする時、時と場合によっては「やめなさい」と言う一種のスピリチュアルな波動が私の左胸の辺りに響いてくる。 その様な時は、私は素直に行動を中止する。

やっても良いときは、その様な波動は感じないから不思議である。

当初の約束の通り、玲子は、私の命の続く限り、私の心の中に住んで、私と二人三脚で行動しているのである。 

従って、私は、その約束を受けて、忠実に護り通している。「それで良いのだ」と。

先刻、何気なく、玲子の机の引き出しを引き出してみたら、不思議にも、一番上の方にある茶封筒の中から、玲子と所帯を持つ少し前に、私の小学校の同期会で写した写真が出てきた。じっと観ていると、殆どの学友は、もうあの世に旅立ってしまっているではないか。前列の向かって右隅が私だ。玲子は、生前よく私の学友と一緒に混じって仲良くしてくれた。奇遇なことに、私の右隣が、藤谷隆夫君で、玲子の伯父の会社に古くから出入りをしていた友人の息子だとわかったのだ。


 September 25, 2007

スピリチャルなお話。

去る5月6日、玲子が己の肉体が朽ちる二日前に、玲子の魂が私の四番のチャクラを入口として、私の心の中に同居を開始したのは、既にこのサイトで、お話した通りです。以来、玲子の長年の体調が、この私にコピーされた様に、便秘で苦しみました。それも、この秋のお彼岸の少し前頃から、ピタっと解消しました。従って、毎日1000mlの「飲むヨーグルト」を飲み続ける必要がなくなりました。それから、もう一つ、玲子のお酒嫌いがコピーされて、350mlの缶ビール一杯飲み乾すのも大変でしたのが、ここえ来て、一気に500mlのビールを飲んでも酔わなくなってきました。昨日の彼岸のお中日で、家内が他界してから、140日に相成ります。 ああそうそう、家内は近眼でしたので、私の遠視とゴチャゴチャになって、いいしばらく、物を見たり、読んだりが大変でした。それが、どうでしょう。非常に安定して参りました。

今朝ほど、家内からのメッセージが入りました。それは、「私の心は、ようやく落ち着きを取り戻しました。もう何があっても怖くはありません。真面目に正しく生きて行けば、必ずお天道様がご照覧なさって居られるので、絶対に行き詰まることはありません。これで、安心して貴方(私のこと)の心の中に居させて貰えます。」と言うことでした。

そこで、私は次の様に確信しました。「ようやく家内は、一切の執着から離れて、不動心を得たのだ。」

一方、家内が他界した後の8月4日に、家内の朗読の録音テープをアナログからデジタルに変換して張り付ける事を切っ掛けとして開始した私のvoiceblogも、殆ど毎日の様に書き込みを続け、かなり充実、中味の濃いものになりつつあります。

改めて、茲にそのURLをご紹介致します。よろしければご覧下さいませ。

http://www.voiceblog.jp/zodiac9/

扨、上記の通り、私は、人間いかなる人でも、病気そのものの原因は、十中八九まで、間違いなく霊障によるものだと解りました。従って、この世限りで病気を治すなんて、そう焦らずに、根気良く、長い目で養生を続けることが第一と考える様になりました。

もしも、世の中のお医者様が、この様な悟りの境地にお入りになって戴けるのであれば、患者を薬漬けにせずに、病気を治す正しい道を把握なされるに違いないと考えます。

以上。

筆者・大橋新也

 

 


 

July 31, 2007

スピリチャルなお話。
 
今日は2007年7月31日、即ち家内が逝ってから85日の早朝、まだ、私は、ベッドから離れる前のことである。家内からのメッセージが私の心に届いた。私は、横になったままで、静にそれを聴いた。それは、次ぎの様なことであった。
 
私(家内のこと)は、長い闘病生活の中で、貴方(筆者のこと)は、貴方の兄弟子・朽木丈人さんから指摘された通り、私自身、魂のカルマの中で、確かに被憑依体質がありました。いまになって、憑依した者が誰であったのか、よーく解りました。その第一は、実の父親、第二は、実の母親、この二人が交互に私に憑依していたのでした。この事は、私が存命中、貴方が、よく私に伝えてくれましたが、最初は半信半疑でした。むしろ、その様に受け取れなかったのでした。でも、だんだんと私自身、心の中で、両親に対して、「死んでまで、この世に残って一生懸命生きるのに努力している娘に頼るな!!」と叫んで居りました。
 
さて、私が死ぬ一年前頃までは、主に父親でした。その後は、殆ど母親でした。両親ともに、既に他界して、娑婆世界の者でないことを、全く自覚せずに、只管、我が子である私に縋って、人生を貫こうとしたのです。
 
父親が私に縋っている間は、血圧が上がり、身体中、特に節々が痛みだし、母親が縋っている間は、呼吸が乱れ、不整脈に悩まされ、手足、足腰の関節が思う様に動かなくなり、時には、硬直状態に襲われて、悩み苦しみました。また、
食欲不振に陥り、普通の人の半分も食べられなくなりました。身体は、骨に皮膚がぴったりと張り付いた様に、まさにミイラ同然になってしまいました。
 
貴方は、毎日、幾度となく、憑依霊達を祓ってくれました。また、月に一度、北海道から上京される金谷先生(行者)の処にも痛む身体を一生懸命我慢して伺い、お祓いをして戴きました。でも、その効果も永続せず、自分でも、どうして良いのか思案に暮れてしまいました。
 
金谷先生は、強力な大地のエネルギーが放出されている、オーストラリアのウルルに行こう、そこで、そのエネルギーを受けて、この身体を治そうとまで、お誘いを受けました。初めは、その積もりで居りましたが、日増しに体調が衰え、そこまで行く自信がもてなくなり、旅行社にキャンセルを申し出ました。
結局、私自身、もうこれ以上は、いくら親と言っても、親の我儘を受け入れることは出来ないことを悟りました。そして、今年の五月六日の未明、私は勇断のもと、自分の肉体を明け渡し、母親に譲り、貴方の第四のチャクラに飛び込み、以後貴方の肉体と言うよりも、貴方の心の中に活かさせて戴いてきました。
 
ですから、私の遺体の顔が、「私の母親そっくりだ」と妹達は言っていましたね。
 
既に、娑婆の世界から見れば、私の母親は、とうの昔に死んでいるのに、本人は、死んだことに気づかず、ずーっと、意識は、私の肉体にしがみつき、私の身体をミイラ同然になるくらいまで憑依していたのです。その肉体の活動も五月八日の午前十時二十八分、完全に停止しました。そして、遺体は荼毘にふされました。あの葬儀によって、言い換えれば、母が自らの死をようやく自覚したのであったと、その様に思いたいのです。一方、残念ながら、父親は、未だに死んだことを自覚していない様です。
 
死を自覚していない魂は、あちらこちらと、知己を頼って、我儘を受け入れてくれる肉親に憑依することは世の常です。憑依された人は、必ず不治の難病に悩まされます。その様な不埒な霊を祓うには、他力で祓ってもらっても、効果は長続きしません。祓うのは、自力でなければならない事が、よーく解ってきました。
 
私は、この様な死に方を致しましたが、決して母を恨んでは居りません。私自身、魂が迷わなくて良かったと、却って喜んで居ります。
 
これで、はっきりと解りました。「魂は永遠に不滅である。」「肉体は、縁あって両親より授かり借り受けた人生航路の乗り船であって、その船頭さんが魂である。」と。
 
本来ならば、私は、自分の肉体から離れて、魂の故郷に帰るのが常道ですが、
今回は、自らの決断で、貴方の心の中に飛び乗って、貴方の肉体が朽ちるまで一緒に娑婆に活かさせて戴いて居ります。これは、決して貴方に憑依しているのではありません。
 
貴方は、時々、私の心境を気にして下さって、色々と労わりの言葉を下さいますが、私も一生懸命、貴方と一心同体、一緒に頑張って居りますので、あまりお気遣いは無用にお願い致します。色々とありがとうございました。
以上。                      2007年7月31日 13:53                  著者・大橋新也
 
【補足】スピリチュアルな現象は、科学的には証明ができないのが残念ですが、
元々は、神の子人間であるからには、自らが、日夜、中道に正しく生活していたならば、誰でも、正しい霊道が開かれて、意識の世界での会話が可能になります。但し、如何なることがあっても神を信じることが肝要です。「いくら努力してもすべて裏目にでる」などと言ってボヤキを呟く様では、決して正しい霊道は開かれません。その様な心には、魔が囁いて来て、大切な人生が翻弄されてしまいます。他力本願的信仰は、魔の世界へと導かれます。ご用心あれ。
 
 

 

 


 

July 17, 2007

その後の玲子とのチャネリング情報。

私にとって、玲子とのチャネリングは非常にイージーに出来るのだ。それは、玲子の魂は、去る五月六日の未明、私の第四のチャクラに入っているからで、他の次元に存在している意識体を呼んで会話するのと違うからである。
今回は、新盆で、昨夜送り火を焚いたのだが、もしかすると、家内の霊魂は、先祖の霊と一緒にあの世へと帰るかも知れないと思っていたら、
家内は曰く「初心の通り、私はあなたの心の中に居続けます」と言うのだ。「その理由は?」と尋ねると、玲子が曰く「あの世にも色々な段階があって、なかなか中庸を保てる処がない。たとえ貧乏して日々のやりくりを目の当たりにしていても、日夜中道に生きるべく努力しているあなたの心の中にいる方が良い」。その様な返事が返ってきた。それを聴いて私は、益々元気が涌いてきた。
更に、玲子は言葉をついで、次ぎの様に語った。「昨年の秋頃から、思い始めた。即ち、
鍼灸やマッサージに毎日の様に通ってみても、期待できる様な結果が現われず、
この儘、ずーっと衰弱して行くのであれば、この辺で、自らの行き方を決断しなければならない。それで、一大勇猛心を発揮する方法がないものかと考え始めた。それで、日々もっともっと勇気を持てる様になりたいと神仏に祈念し始めた。しかし、そうは思っても、具体的には何もできない。その内に、心では気張っていても、身体が硬直から解きほぐされず、日増しに肢体が動かなくなってゆくし、食べ物も喉に通らなくなってきた。自分の意思とは全く裏腹だ。
遂に、脱水状態に陥り、東大病院に入院。一月余りでどうやら車椅子に乗れる様に回復できたが、まだまだ本物ではない。なれど、医師団は、薬の副作用の一つである幻覚から解き放ってはくれない。しかし、これ以上病棟に過ごしていても、何の希望ももてない。幸い、二月二日に退院できた。退院の前夜、医師たちの私への待遇が手の裏を返す様になり、極端に粗雑に扱われ、病室の温度は、猛烈に暑くなり、退院の当日には、かかる病室内の空調の不備などに厳しくクレームをつけて、それをカルテにも記録させての誠に不愉快な退院であった。
自宅療養に移った私は、初めは、安心と元気を取り戻したが、週に三日の往診による鍼灸の治療も、なかなか思った様に体調に好転が見られず。その間に、私は色々と過去をふりかえって、反省を重ねた。そして、死んだときには、どうしょうとまで思いが走った。並行して、大宇宙の真理についても、改めて考え始めた。実は、既にこのとき、万一のときは、貴方の心の中に飛び込もうと覚悟を決めていた。
そして、三月十一日、長年の幻覚状態は、あなたの機転と物理的な力によって解かれた。その時は、とても嬉しかった。しかし、三月十二日午後、再び脱水状態に陥り、家に近い新葛飾病院に在宅介護で往診に来られた下千葉診療所の所長のお世話で入院した。
それから一ヶ月、一応は、脱水状態から救われた。だが然し、肢体は、意の如くには動いてくれない。そこで、私は最後の決断を心に決めた。いざと言う時には、まだまだ肉体が活動している内に、貴方の心の中に飛び込もう。それで、私は、貴方が見舞いにきた時に幾度となく、「私の隣に寝なさい」と要求していた。そして、五月六日の午前二時頃、私の左脇に寝ている貴方の第四のチャクラ目掛けて、無我夢中で飛び込んだ。大成功であった。それからは、長年お世話になった私の肉体は、抜け殻の様に急速に衰え、五月八日の午前十時二十八分、心拍が完全に停止した。その一部始終を私ははっきりと心の眼で見ることができた。これからも、ずっと貴方と一緒です。どうぞ宜しく・・・・・・。
 
扨、今日は、玲子が去ってから七十一日目である。玲子の霊体の癖と言うか、「便秘癖」は、今も尚、完全に修復されていない。その理由は、私は、相変わらず「のむヨーグルト」を毎1000ml飲んでいないと、どう言うわけか、便秘で苦しんでしまう。やはり、病気と言うものは、肉体の遺伝によるものの他に魂自身が持っているカルマ的な影響も、かなり強いのだと思う。家内の近眼の影響は、大分和らいできた。遺すは、便秘の解消である。色々と工夫をして、一切薬を遠ざけて努力してみようぞ。
医者の処方する便秘薬「酸化マグネシゥム」のご厄介には、絶対にならなるものか。
「薬をば、貰って笑顔、あほかいな」
「副作用、苦しんでみて、知るまこと」
「掛け替えのないこの身体いとおしく、日々の糧にぞ心して食む」
以上。
2007年7月17日9:39am  筆者・大橋新

 July 12, 2007

禊祓の意義と実践効果
 私自身、禊祓いの修法は、毎晩必ず入浴時に行っている。それに関わる時間は、時計で測ることはせず、自然に行って凡そ小一時間。禊によって、自分の霊体及び肉体から外に出て行く穢れた部分は、エクトプラズムと汗となって外に出される。その量を体重で確認する手段として、毎回入浴前と後に計測すると、平均的に200グラムと言う数値が現われる。また、排尿も禊祓いに関係があると私は自らの心と身体の反応を感じて確信を得ている。起床一番の排尿によると体重に400グラムの減少が現われる。勿論、就寝中にも多少の発汗があるので、睡眠中にも自動的に禊が行われていると思っている。
 放出されるエクトプラズムのみの量を性格に計測する術を知らないが、前述の入浴の前後の体重の計測により、仮に半分づつをエクトプラズムと汗と考えると、禊祓いで祓われた量目は、エクトプラズム100グラムと考えられる。
 一方人間と言う生き物は、筆記用具であるボールペンなどは、15グラムを超えるものは、重たくて使いにくさを覚える。また、腕時計など、150グラムよりも重いものは、肩が凝るなどと言って使いたがらない。膀胱に溜まった尿を一気に排泄すると身体が軽く感じるのは当然なことだ。大便の中にも疲労素がかなり含まれているので、便秘症の人は、その毒素によって心身ともに打撃を受けるのは当然のことだ。
 水分の適切なる摂取が少なくなると便秘がちになる。便秘が癖になると、心臓及び循環器に悪影響を及ぼし、高血圧症を引き起こす。これが、色々な難病の基を作り出してしまう。また、排便、排尿を我慢してもよろしくない。
 扨、話を元に戻そう。禊祓いを毎日行っていれば、日中、何をしても良いと言うわけには行かない。人はみな心して、時々刻々の処世を、正しく中道に想い、正しく行為していなければならない。それであっても、この世は、善悪が混ざり合っている世界なので、その中で起居していれば、多少の穢れは受けてしまうものだ。それ故、日中の行動によって、心も身体も穢れるために、折角禊で減ったと思っても、あらたに別の穢れを呼び込んでしまうことになる。従って、体重は、平均的には、減らないまま、横ばい状態だ。しかし、そのごく微量の穢れであっても、当に貯金の様にその侭溜め続けていれば、エクトプラズムは益々汚れ、先ず最初に自分の霊体が病にかかる。平行して、血液浄化の際の老廃物である大小便に毒素が増え続け、肉体の細胞を打ちのめして行く。その結果が病気というわけである。言い換えれば、病気かな? と感じてから医者に飛び込んだ時は、たとえ医者から「大したことではない」と言われても、本当は、大したことなのだと理解する必要がある。
 話は横道にそれるが、腎臓の人工透析を行っても、病気は絶対に回復しない。
にも関わらず、かかる治療は、旧態依然として、何処の診療所や病院では、日常茶飯事の如くに行われている。
 五感六根から心が感じ取る煩悩(仏教では108種の煩悩があると言われている)によって、霊体と肉体は、益々不調和になるから、それが原因で、色々な病気が作り出されてしまう。従って、現代医学の主流である対症療法では、絶対に病気は治らない。それなのに患者は、医者を信じて通院する。これは、間違いなく患者の無知としか言い様がない。
 禊祓いの修法は、単に、入浴したから、それで良いと言うのではなく、風呂から上がる時に、必ず、肩から冷水を洗面器に三杯をかぶって締めくくることが肝心である。勿論、入浴時、湯船に浸かったままで、無念無想の気持ちになり、次ぎに今日一日を反省し、我欲を離れて、只管神仏に帰依する心になることが肝要である。これなくしては、単なる温浴洗浄に他ならない。
 エクトプラズムそのものは、科学的には未だ解明されていないが、霊視の出来る人の眼には、はっきりと霧状になって見える。また、霊的感応の強い人がカメラのシャッターをきると、はっきりとそれが映し出される。
 エクトプラズムは、オーラとは異質のものである。一般の人間の視覚の範囲は、非常に狭い範囲で、虹に見る七色のほかは、全く感知できない。しかし、現実に七色の外には無数の異なった波長をもつ、無色に近い色が存在している。中には、パルス信号だけ発信している色を持たない色もあると言うことだ。なれど、普通では見えないものも、霊能者には見える。それは、科学万能主義と言う非常に狭い了見から解脱すればこそなのである。
 五感六根で掴んだものだけを信頼している時代は、もう過ぎ去ろうとしている。
人類は、真の神の子・人間に戻ることを生涯忘れてはならないのだ。
世の中には、何時の時代でも、似非霊感師、似非行者、似非学者、曲学阿世の徒が山の様に存在している。
これらは、未来永劫に消えることはあるまい。従って、本当に頼りになる人を見つける前に、自分が覚者にならねばならない。その道は、筆舌に尽くし難く難しいものであるが、なれど、全ての人類は、どうしても、それを乗り越えなければならない。近道は絶対に存在しないのだ。     以上。
2007/07/12 筆者・大橋新也

 


 

July 6, 2007

人道天道を無視した現代医療に対する憤り

 
去る六月二十五日、恙無く妻・玲子の四十九日忌(満中陰)も相済み、私も心身ともに或る程度の落ち着きを取り戻すことができた様だ。しかし、スピリチュアルな世界でも、前例希にみる、玲子の霊魂は、去る五月六日の早暁から、ずっと私の心の中に共存している。その実感は、この私にしかわからない。例えば、私がどこかに出かけて行った時など、とても素晴しく美しい情景にであった時、私の胸が、キューンとなるのである。それは、まさしく、玲子の魂が感動を覚えていることなのだ。私は、この歳になるまで、何か素晴しいことに出会っても、胸がキューンとなるほど感激(=女性的な感動)したことはない。また、何か感動を覚えたときなどは、私の意識に関係なく、涙がほとばしってくる。これも、感動を覚えているのは、間違いなく玲子の魂とその心なのだ。
 
昨日、即ち七月五日午後四時。私は、北海道から東京の池袋に出張なされた、玲子も私も旧知の金谷さんと言うスピリチュアル系の師匠に、ほぼ三ケ月振りに面会した。その時、師は、私の心の中に玲子の魂が同居していることを告げて、「斯様なことは、前例がない、自分の経験の中で初めてのことである云々」と仰って居られた。更に言葉を次いで、「お父さん(=私のことをお父さんと呼ぶ)、これからは、どこにいても、お母さん(=玲子のこと)と一緒だから、精々色々な処を旅してあるくと良い。既に、お父さんの今までしてきた言は、全てお母さんは理解したよ・・・」と、仰った。
 
扨、振り返って見ると、玲子が患い始めたのは凡そ十年前、いや、厳密には、もう少し前かも知れない。兎に角、その頃から、なぜか私自身の身体が無性に強張り、節々が痛み、静脈の血栓が起こり、とりわけ、両足の踝(クルブシ)の処に静脈瘤が赤紫色に透けて見える程になった。それよりも前から、漢方で言う処の、腎気の不調(腎虚)で、ずっと三十年來の親友、市川の野呂さんのマッサージ治療を受け続けてきた。師は、持ち前の鋭い霊感で、私の身体の状態を全て心得ていて、私が、だまって横になると、頭の天辺から手足の先まで、念入りに治療(ヒーリング)をしてくれた。しかし、現実な話、具合の良いのは、精々一両日なのだ。
 
話しを元にもどすと、私の両足先の毛細管から心臓に戻る血流が鈍くなり、膝から下は、腫れる様に太くなったりし、時には、両足に激痛が走り、歩行も儘ならぬ事が多々あった。今世紀に入って、私は、或る大学で「貿易実務」の非常勤講師を務める様になったが、その痛いのを歯を食い縛って頑張り、一切その苦しみを表情に出さなかったので、受講生誰一人として、それに気づかなかった。飲み会などで、胡坐をかく時などは、腰から背中に激痛が走ることが屡であった。
 
当時、医師の診断では、「老人性静脈血栓症」だから、どうしょうもない。年をとれば、誰でも、概ねこの様な症状になる。精々「バイアスピリン」(昔で言う「小児用アスピリン」=大人用の半分の量)を毎食後1錠づつ飲んで、血管を広げ、同時に、血液をサラサラにすることだ。と言う。
 
そこで、私は、中学・高校時代の同級生で、脳神経外科の専門医に、この話をもってゆき、相談したら、彼が曰く、「アスピリンは良いよ。この俺も十年位飲み続けている」。そこで、ようやく、私は、彼がそう言うのだから、私もやってみようと思って、バイ・アスピリンを飲み始めた。しかし、現実は、私にしてみれば、何も効果が現われない。たまーに、激痛が遠のくことがあっても、暫くすると、元の木阿弥である。
 
そんな私を心配してくれた、旧知の薬剤師が、漢方薬のツムラの68(芍薬甘草湯)を激痛時に頓服的に飲むことを薦めてくれた。たしかに、それは、効いたが、決して根本的な治療には程遠い。却って、その薬の副作用とも言える「ふらつき」に悩まされ、真っ直ぐに歩けなくなってしまう。また、血圧も幾分高めになってしまう。
 
一方、玲子は、日増しに「痛い、痛い」と苦しみを顔に隠せない様になった。それでも、玲子は、勝気なので、外交的には、絶対に辛さを顔に出さない。それ故、誰一人として、他人様は、玲子の苦しみを知らないのであった。
 
痛みを和らげるために、医師は、「テルネリン」「マドパー」「ペルマックス」などを投与する。しかし、今度は、最悪の副作用である「幻覚症状」に陥り、そこから抜け出せなくなった。すると、件の医師は、心療内科の医師を紹介して、
何をするかと言えば、「自律神経の調整」とか称して、実際には「催眠療法」を行った。しかし、「催眠療法」の危険性を、その医師は知らないらしく、毎回お決まりのコースの「催眠療法」を行った。しかし、結果的には、玲子は、「憑依体質」になってしまった。そこで、日常生活の中で、安易に邪霊を心に呼び込んでしまう体質と化してしまった。昨年の初夏、私は玲子に付き添って、その医師に面接した際、こと、東大病院たる処で、非常に安易に催眠療法を行っていることに気づき、帰宅後玲子にその危険性を説いたので、玲子は深く納得した。だが、もう手遅れである。家内は、もう憑依体質と化してしまっている。
その後、私は、その医師をつかまえて、猛烈にクレームをつけた。しかし、相手は、すり抜けるに夢中になった。
 
話は、余談にそれるが、皆様の体験の中で、次ぎの様なことがおありと思う。
「愛用のネジ回し(スクリュードライバー)は、軟鉄で出来ているものが多く、その爲に、自然と磁界を帯びているものが多い。砂鉄は勿論だが、ネジ回しの先に、鉄のネジが吸い付いて、ネジを相手に取り付けるのに、非常に便利である。しかし、使っている内に、磁力(マグネ)が抜けてきて、吸い付かなくなってくる。そうすると、どうすれば良いかと言うと、そのドライバーの先を地球の北に合わせ、グリップを南に合わせ、そうした上で、ドライバーの鉄心の中央部分を金槌で強く叩くと、再びドライバーの磁力が回復する。」要するに、地球と言う大きな磁石の磁界の中で、衝撃のパワーによって、地球の磁力の一部を頂戴すると言う原理だ。
 
これと同じ原理で、人間は、一人一人がみな一つの磁石であり、自分の身体からは磁界が発生している。この磁場の強弱を色として感知する霊能者は、これをオーラと呼んでいる。磁界の広く大きい人は、心の状態も、中道で且つ慈悲深い人という解釈をする。そして、仏像の様に、丸く大きな金色(淡い黄色)のオーラを放っている人の心は、当に、生き仏の様に、慈悲深く、心は常に中道なのだ。だが、現実には、その様な色を放っている人にはなかなか出会えない。
次に、大切なことは、オーラには二種類あって、魂即ち心が発するオーラと肉体のオーラとがある。例えば、心のオーラが淡黄色に輝いていても、どこか、肉体に不調和の部分(病気)があれば、その部分からは暗いオーラが発している。
 
本当は、魂のオーラの色も肉体のオーラの色も、淡黄色に美しく輝いていなければならないのだが、その様な人は、この地球上50億もの人間の中でも、精々一人か二人であろう。
 
そもそも、全ての病気の根本原因は、その人の煩悩に起因することは、既に二千五百年もの昔、お釈迦様が断言なされて居られる。そして、苦楽の両極を捨てて、常に心を中道に保ち、「正しく見、正しく思い、正しく語り、正しく仕事をなし、正しく生き、正しく道に精進し、正しく念じ、正しく定に入るべし」とお教えになられた。これを日々実践しなければ、オーラの色は、決して淡黄色に美しく輝かないと言うことだ。
 
次に、前述の如く、「人間は、一人一人が磁石であり、従って固有の磁場をもっている」ということに注目して戴きたい。私と玲子とは長年(42)連れ添った夫婦であるので、お互いに、喜びも悲しみも十分に分かち合い、苦楽をともにしてきたので、何事も、言葉ではなく、意識だけで、お互いの気持ちが判ってきている。
 
それで、玲子が節々の痛みや高血圧や便秘などで悩んでいる時は、必ず、私の身体で同じ様な現象が発生する。勿論、私なりに、鍼灸やマッサージの治療を選んではいるが、それも一時の解決策にしかならない場合が殆どである。この様な、玲子の痛みの一部を貰い受けて、私なりに治すと言うやりかたは、決して病気の根本的治療にはならないが、やらなければ、玲子の病状は、益々良くはならない。
 
この様な、愛する妻の病気を夫の私が引き受けると言うのは、科学的に言えば
「トランス現象」と言える。 例えば、ここに一本の棒磁石があるとする。その傍に少し空間を置いて、軟鉄の棒を平行に並べたとする。すると、後者は、前者の出す磁力線(磁界)の中に入るので、いつしか、前者と同じ様に磁石になっている。 この原理が、お互いに助け合ってきた夫婦の場合、病気の痛み分けと言う結果が生まれるのだ。
 
玲子の担当医に、この「トランス現象」のことを話した時、誰一人として乗ってこなかったから、誠に嘆かわしい限りだ。反対に、せせら笑って私の顔を覗き込む様な次第だ。
 
昔の医者は、病気の根元は、概ね「なにがしかの霊の仕業だ」と言うことは、よく知っていたものだ。従って、一日が終わると、自ら、水行などして、禊(みそぎ)を行っていた医師が相当数存在していた。それは、真剣に患者のためと思って、治療に専念している内に、知らず知らず患者の霊症をまるごと受けてしまうからだ。簡単な例では、ガンの患者を真剣に治そうとすると、いつしか、自分もガンに罹ってしまうと言うことである。
 
玲子が昨年暮の30日に東大病院に入院してから、毎日私は、見舞いに通った。その時は、京成電鉄の終点である上野駅から不忍池を縦断して、無縁坂を徒歩で行くのだが、私の両足は、引き攣る様に激痛が走り、それを精神力で乗り越えて病床を見舞った。
勿論、歩きながら、神仏に玲子の病気平癒の祈願を心の中で唱えていた。日によっては、私の足腰の痛みが軽い時もある。その様な時には、「玲子はいくらか楽になっているのかなあ」と感謝の気持ちで見舞った。たしかに、その様な時は、玲子自身、いくぶん痛みが薄らいでいて、車椅子で、病棟の13階の展望室に休憩している。
 
二月二日には、退院して、翌日三日には、自宅のベッドの上で、自らが年女として率先して豆まきをした。
 
しかし、玲子の肢体のツッパリ状態、即ち硬直は、毎晩鍼灸の治療も効果が薄く、在宅治療にも限界が訪れ、三月十二日に、遂に近隣にある新葛飾病院に入院せざるを得なくなったのであった。
 
ここで、私は、声を大にして言えることは、「現代医学に対する100span>の不信感」
である。
 
第一に、どこの病院でも、クリニックでも、それぞれ治療の方針や手段は、同じと言うことである。言い換えれば、患者一人一人にマッチした、オーダーメード的な治療は、一切望めないと言うことよりも、医師も看護師も、みな「この病気は、こうやって治療すると言う、同じマニュアルに従って患者に接している。更に、連日の様に、検査、検査を重ねて、データを集め、コンピューターにファイルして、患者の血圧や心拍数などは、コンピューターに刻々呼び込んで、それらを医局で眺めながら、どうしよう、こうしよう、と考えている。」
 
患者自身が自ら体調の異常に気づいて、ナースコールをしても、直ぐに馳せ参じるナースはいないし、ドクターは、外来と入院患者とを掛け持ちしているので、直ぐには間に合わない。
 
かかる煩雑さを回避するかの様に、医師は、申し合わせた如く、患者に精神安定剤を飲ませたりして、静に寝かせる手段をとる。カレンダーを見ながら、連休に入る前には、申し合わせた様に、眠らせる手段をとる。
 
玲子も私も同じだが、効く薬ほど、副作用は厳しいと言うことをよく承知しているので、玲子は在宅療養の長い期間、かなり医師から投与される薬を制限していた。しかし、一度入院すると、そのコントロールが全く出来ない。処方箋通りに、全部飲まされてしまう。その結果、副作用による苦しみで、悲惨な目に遭ってしまった。
この事で、私は東大病院の医師四人を向こうに廻して、大喧嘩をした程であった。それから、もう一つ、意外な事実に遭遇した。医師団の一人が、「これは少し違うのではないか」と疑問を発すると、それらは、全てトップの医師(主治医)が握りつぶしてしまうことだ。また、仲間の医師に落ち度があった時には、庇ってしまい、うやむやにしてしまった事実。また、過ちがあった時には、「すみません」と言う言葉は、絶対に聴かれない。
 
玲子がこの世に別れを告げて、六十日を経た今日この頃、あれほど痛かった私の両足の引き攣りは、殆ど消えてしまっている。便秘症状も毎日飲み続けてきた「のむヨーグルト1000ml」で、完全に解消されている。
 
脈拍の周期的乱脈症状(40拍に1度起こる数秒の脈拍結滞)も完全に解消した。
 
勿論、前述の「バイ・アスピリン」の服用も、去年の秋から完全に中止している。そして、そもそもが、静脈血栓症と診断された皮膚の赤斑も、徐々に薄くなってきている。
 
では、どうすれば、医療、医薬機関に閑古鳥を鳴かせるかと言うことになるが、
それは、前述の通り、人間一人一人が煩悩に振り回されない様に毎日頑張ることだ。全ての病気の原因は、人間の煩悩なのだ。
 
この様に声を大にして話してみても、世の中、誠に失礼だが、「病気の原因は煩悩である」と言うことを素直に理解、納得する人は、非常に少ない。
 
そこで、唯一の希望だが、医者たるべき人は、全員「シャーマン・ドクター」であるべきことだ。学校で習った理屈と知識だけで医術に走ってはならないと言うことである。薬剤師も然りである。
 
そもそも、近代西洋医学及び医術の原点は、床屋がやっていた事である。今でも一部で行われている「瀉血」(=悪い血は外に出してしまう)と言う原始外科的療法があるが、中世では、それを皆、床屋が併せ行っていた。だから、床屋の看板は、白い包帯と青い静脈血と赤い動脈血との三色をクルクルと回転させている。また、床屋の一部が、死体の血液を抜き取って防腐剤と染料を注入することもしていた。要するに、葬儀屋の原点である。
 
また、日本では、蛭(ヒル)に悪い部分の血を吸わせると言う治療があるが、それは今現在でも一部の医療で行われている。現実に医療用の蛭を育成している業者が存在していると聴く。       以上。 2007/07/06     大橋新也 
 
 

 


 

 


 

 

 

現在隣国、中国の奥地には、個々の姓名を用いて「漢詩」を作成すると言う習わしを

継承している人物が居ると聴く。

そこで、思い立ったが吉日、早速私は自分の姓名・大橋新也の四文字を用いて、

七言絶句を作ってみた。

自己満足ではあるが、心の閃くままに作ってみた。

まあまあの出来栄えである。

それが、上記の詩である。

拡張子がjpegであるので、適宜ご利用なされて結構。

2007年6月5日

大橋新也

 


 

玲子が他界後28日、始めて私の夢に現われた。
 
玲子が息絶えて、丁度四なのかの翌朝、私は家内・玲子の夢を見た。眼が覚めて、その夢を思い出すと、私と玲子は、二人して、ある街を散歩していると、玲子は、すれ違う人に触れて、倒れ、怪我をしたようだ。でも、玲子は、すぐに起き上がって、いそいそと最寄の診療所に駆け込んで行く、その後を私は、追いかける様にしてついて行く。そこは、とある雑居ビルの中のクリニックで、玲子は、既に、そのクリニックの中に駆け込んでいる。
 
治療が終わるまで、心配しながら、待合室で私は待っている。
 
そこで、私は夢から覚めた。時計を見ると、六月五日、午前八時四十分。
 
私は、しばし、居間のテーブルを前にして腰掛けて、考え込んでしまった。
 
いくら、玲子が死ぬ二日前に、私の第四番のチャクラに飛び込んだとは言え、こんなにも早く、私の夢の中に現れるのは、ちと速すぎる。そう考えると、私は益々玲子の心に何かがあるのではないか、と心配になった。
 
そこで、私自身、この処の日々の行動を反省しながら、玲子の意識にコンタクトして見た。
 
その結果、これは、私の一方的な解釈であるが、玲子は、やはり、自分の息子や娘や孫たちのことが気になっている。それで、街を歩いている時に、人とぶつかって、転んで怪我をした。しかし、玲子の肉体はなく、今は、玲子には、霊体と言う乗り物だけだ。それでも、転べば、多少の負傷は、避けられない。それで、原子細胞からなる肉体ではないので、自分の想念で、駆け出せば駆けることができ、意識の世界のクリニックに飛び込んだということになる。
 
そこで、私自身の反省だが、「私がもっとしっかりと、子供達、孫たちに、いいお祖父ちゃんである様に頑張らなければならない。」と我が心に鞭打ったのであった。
 
親と言う者、とりわけ母親は、自分が意識だけになっても、常に、子孫のことが気になっているのだと言うことが判ったのである。
 
頑張るという心意気は、無限大に続けられねばならない。或る小学校の現役の教諭に言わせると、
「巷に言われている言葉に、次ぎの様なのがある。」
『一生懸命頑張っている子供に、もっともっと頑張れと言う掛け声は、
子供にとっては、マイナスとなる。なぜならば、子供にしてみれば、もう既にがんばっている。それなのに、もっと頑張れと言われたら、どうすれば良いのか、と頭を抱え込む。
だから、やたらに「もっと頑張れ」という励ましの声は、注意して用いなければならない。場合によっては、子供はショックのあまり自殺してしまうかも知れない。』
だが、私は、その様には思いたくない。要するに、現代の日本人の青少年は、長期間平和の中に生活しているがために心がナマクラなのだと思う。
それは、命の大切さを深く理解した上で、生死を乗り越える様な現実の場面を未だ通り抜けていないからなのだと思う。戦争は、決して良いことではないが、あの悲惨な戦禍を目の当たりにしていない人達にとっては、単に「頑張れ」と言われただけで、どうして良いのやら、判らなくなってしまうのだ。また、「頑張れ」と言う掛け声をかける側にして見ても、何を基準としているのかが、理解できていないのだと思う。
 
私は、確信する。「人間は、親から拝領の肉体を大切に使わせてもらいながら、正しく中道に生きることに、エンドレスで頑張らなければならない。」
 
以上。
 
筆者・大橋新也  2007年6月5日
 

 


 

 

アインシュタインの唱えた「特殊相対性原理」は、
それなりに正しくとも、彼自身死後も迷い続けている。と思う。
 
即ち、彼の理論からすれば、「エネルギーは、物質の質量と光の速度の二乗に比例する。
即ち E=MC2 で表している。」
 
そこで、実際に身近な例をもって説明されているのは、「人間が光の速度、即ち、一秒間に30万キロメートルと言う猛烈なスピードの乗り物に乗って、宇宙を40日間旅行をして、地球に戻ってきた時、その地球では、40年もの年月が過ぎてしまっている。」この世の中で、今も昔も同じだが、一番スピードの速いものは、光である。もしも、その光の速度よりも、もっともっと速い乗り物が出来れば、宇宙旅行から帰還した場合は、また別の情景を目の当たりのすることができると言うものだ。
 
現に、列国の化学者達は、ある一定のドームの中で、光の速度を加速させる実験を行っている。多くの人達は、直接、個々の生活とは全く関係がないので、これらに興味を持つ人は、非常に少ないと思われる。なれど、これらの実験に没頭している科学者は、みな、アインシュタインの唱えた、特殊相対性原理に端を発している。
 
彼は、ドイツ生まれのユダヤ人であり、スイス連邦工科大学で、電気工学を学んだ男である。そして、彼の研究データは、その大学に残されている。だが、ナチスドイツに、彼はユダヤ人である事で追われて、と言うよりも、逃げてアメリカに渡り、アメリカの市民権を得ている。
 
ルーズベルト大統領に対して、アインシュタインは、ドイツに勝つためには、この相対性原理を基軸として、原子爆弾の製造を自ら推奨していたのは事実である。後に、その彼が、「自分が唱えた、相対性原理が基で、原子爆弾が造られてしまった。」と嘆いたと言う逸話が伝わっているが、それは、誰かに言わせた「詭弁」であるとしか言い様がない。従って、彼は、ドイツに対しても、何らかのルートを用いて、原子爆弾の製造工程を教えていたのではあるまいか。そう解釈しても不思議ではない。
 
大戦後、アインシュタインは来日して、「自分の考えた理論が原爆の製造に使われてしまった。残念です。」と悔やみを述べているが、これまた、詭弁であるとしか思えない。人間は誰でも、口は重宝なもので、役者の様に、台詞一つで如何様にも状況を進めることができる。そして、「嘘も百遍言えば本当になる」と言う諺もあるではないか。
 
彼は、哲学者ではなく、原子物理学者である。従って、万物が等しく持っている「心」と言う「意識」の世界には、誠に疎いと言っても過言ではない。時空を超えて、永遠に不滅である「意識界エネルギー」に関しては、全く無知であり、形のあるものしか彼は信用しない、ある意味では、単なるウツケ者と言えよう。彼に、仮令、ひとかけらでもよいから、哲学的な思考力があったならば、原子爆弾の製造なんかに首をつっ込まかったであろう。
 
彼は、既に他界しているのだが、彼自身の魂は、永遠に、物質の光エネルギーと精神の光エネルギーとの狭間をさ迷い続けて行くに違いない。第一、原爆の被害者の苦しみは、あの世にあっても、癒えていないからである。全ての被害者の苦しみが癒えた時点で、ようやく彼の苦悩の意識は、開放され始め、その先は、彼自身の自力の償いで、彼自身を救って行くことになる。諸天善神や光の天使は、だれも、彼の回顧と悟りにはお手を貸さないであろう。
 
科学者の一番悪い処は、証明が出来ない事に関しては、認知しない。従って、世の中の超常現象に関しては、真っ向から否定してかかる。
 
医者も同じである。先ず、99.9%の医者は、魂の転生輪廻を信用しないし、生き物は、全て死んでしまえば、それでオシマイだと思っている。だから、神経内科や心療内科の門を潜っても、病気は一向に治らないのだ。それでも、医者は、治療費を請求できる。そして、言うことは誠に都合よく、「医学上では、精一杯努力しました。」と、その場を取り繕う。どうして、この様にチャランポランが赦されるのか? それは、医者を育てる医者が
精神と肉体が不二であって、「魂は、両親から下賜された肉体船の船頭さんであり、全ての病の基は、魂の中心である心が煩悩に振り回されたからだと言う基本中の基本を熟知していないからなのだ。だが、科学者は、一度、真理に目覚めると、悟りは、非常に速やかである。
 
以上。
 
2007年6月2日 筆者・大橋新也

 

私の親友の薬剤師が、調剤薬局をやらないわけ。

 

 

この薬剤師は、私と同じ年で、非常に真面目で勤勉な薬剤師(女性)なのだが、ある日、「どうして、調剤薬局 (通称、門前薬局)をやらないのか」と尋ねると、次の様な答えが返ってきた。

「医師が発行する処方箋に書かれている薬の大部分は、劇薬または、それに近いものだから、私の大切なお客様に、それを知っていてお取次ぎすることは、自分の心が許さない。

だから、調剤薬局は絶対にやらない。」「身体によい薬は、毎日の食事の中から摂取するのがベストであって、三度、三度の食物に身体にやさしい良薬を求めることが正しいのですよ。」

その時、私は、「世の中、まだまだ筋金入りの薬剤師が居るわい」と思って、改めて、その薬剤師を見直した。

 

以上。筆者・大橋新也 2007/05/30

 

 

 

 


 

『医者の処方する薬を鵜呑みにすると、殺されてしまう』
と言っても決して
過言ではない。
2007年5月5日
(家内の長年の闘病生活を省みて、ふと独り言を呟いてしまいました。
この独り言は、家内が他界する丁度三日前のことでした。)
  
******************
 
今の世の中、かなりの割合で、パーキンソン病、もしくは、パーキンソン・シンドローム(症候群)を多少なりとも患っている人が多いのです。オーケストラのフルト・ベングラーも、スポーツのムハメッド・アリも、パーキンソン病で悩みました。また、よく見かけるのですが、老人で、右手にペンを持って、いざ書こうとすると、手が震えてきて、やむなくもう片方の手で震える手を押さえながら、書く。
それでも、書きあがった文字には、揺れ動いた形跡が残る。歩行の動作にも、まるで、或る恐怖にかられた様に、素直に足が前にでない。また、顔面が神経の痙攣の様に、目をパチクリさせたり、口をもぐもぐさせたり、自分ではコントロールが出来ない動きが現われてしまう。
概して、疾病前の生活が、非常に神経細やかな人、フェイルセーフを常に考慮しながら、仕事や私生活に従事している人、相手の気持ちを第一に考えて、相手に迷惑にならない様な行動をする人達に多いのが特徴です。日常、極楽トンボの様な人は、この病気とは縁が遠いのです。
また、トラウマを持っている人にも、同じことが言えます。
要するに、「病は気から」と言う諺の通り、寝ていても覚めていても、自分自身の心を常に中道にコントロールしていれば、大層な病気には罹らないと言うことです。「寝ている時に自分の意識をコントロールする」なんて、不可能だと仰るかもしれませんが、努力の積み重ねで可能なのです。
処で、『実際に、医師によって「パーキンソン病」もしくは「パーキンソン症候群」と診断されると、もともと人間が母親の胎内にあった時から持ってきた、いや授かった自己修復力と各種脳内ホルモンの適正な生産力を無視して、体外から、適宜ホルモンを薬として投与する。その結果は明白。一度体外からホルモンを投入されれば、それまでのホルモンの自己生産工場は閉鎖してしまい。復活は困難である。なれど、摩訶不思議なことは、医師は、全てこの事を熟知していた上で、ホルモン剤を外から投与する。従って、一度投与されると、一生、その薬と言うものからオサラバ出来なくなる。患者も患者で、かけがえのない自分の身体の60兆からなる素晴しいメカニズムを持った細胞の仕組みを知らないで、身体の調子が悪ければ、すぐに医者のドアーをノックする。』
「医は仁術」とは、昔からの建前で、本音は、医師業です。そして、一々患者の日々の素行までチェックして、投薬を差し控えて、患者の心と行いを正すことを全くせずに、いきなり、「対症療法」に走ってしまいます。
(参考=2500年もの昔、お釈迦さんが、全ての病の元は、「煩悩」にあり」と明言なされて居ります。)
そして、真っ先に病名をつけないとカルテが書けない。書かなければ、保険診療費用の請求もできない。はっきりした病名がわからなかった場合。診断書には「病名及び原因不明」とは書けないでありましょう。そこで、ズバリは言えないけれど、兎に角「○○症候群」と診断してしまうでしょう。また、自分では、判らない場合は、知己の大学病院などに紹介状を添えて、患者を転送してしまう。転送を受けた大学病院では、真っ先に、お得意の検査、検査で、患者は、色々な検査工程を丸でツアーの如くに巡らされます。(病院は、無償で、病気の実際のデータを集めて、予め患者から個人情報開示の了承を得ておいて、それを学会などで活用する。)その間に、患者によっては、病状が悪化する場合も多々あります。
昔のお医者は、患者の顔色一つ見ただけで、これは何の病気かすぐ判ったものだ。そして、精密検査の前に、半ばインスピレーションを得たかの様に、適切な薬を宛がいます。それも、現代の医者の様に、色々と抱えるほど多種にわたる薬は出しません。そして、症状が軽減または効き目が現われないと見るや、すぐに投薬を中止して、副作用の現われるのを極度に抑えるのです。
要するに、対象療法の限界を承知しているからです。医療には、斯様に「対象療法」の他に「同種療法」というのがあります。例えば、熱が出る時は、体内に封じ込める様なことをせずに、徐々に熱を出させてしまうと言うやりかたです。「対象療法」は、必ず新たなる病気を引き起こさせてしまうのです。
元々は、人間、気を休めて、安静にしていれば、大抵の病気は、自然治癒の方向に向かって行くので心配はないのですが、現代の社会情勢は、田舎は別として、都会に生活する以上は、日々の糧を得るにも金、金、また金であるから、無我夢中で働かなければならない。少々の風邪引き位では、会社を欠勤することができない。
 
話を「パーキンソン病」「パーキンソン症候群」に戻しましょう。
先ず、何れの大学病院を訪れてみても、この患者が貰ってくる薬は、概して、下記の通りです。
1)「マドパー」(手足の振るえを抑える薬)毎食後及夕方、一日五回、各1錠。副作用としては、発疹、かゆみ、幻覚。
2)「ペルマックス」(手足の振るえを抑える薬)毎食後及就寝前、
一日四回、各1錠。副作用としては、筋肉のこわばり。発熱。幻覚。
3)「カバサール」(手足の振るえを抑える薬)朝食後のみ、一日1錠。
副作用としては、かゆみ、発熱、こわばり。幻覚。
次に、併せて上記の副作用を落ち消すかの如き投薬がなされる。
4)「ディオパン錠40mg」(血圧を下げる薬)朝食後のみ1/2錠。
副作用としては、喉の腫れ。発熱。
5)「テルネリン錠1mg」(筋肉のこわばり感をやわらげる薬)
毎食後1錠。副作用としては、かゆみ、過敏症。
6)「セロクエル」(気分を落ち着かせる薬)就寝前1錠。
副作用としては、発疹、かゆみ、過敏症。
7)「酸化マグネシウム」(胃酸を抑え便秘を抑える薬)毎食後及就寝前1錠。副作用としては、かゆみ。過敏症。
8)「フランドルテープ40mg.」(心臓の血液循環を良くする狭心症の発作を防ぐ貼り薬。)副作用としては、皮膚炎などかゆみ。
9)「ボルタレンゲル 1%」(かゆみや関節など炎症を抑える塗り薬)
副作用としては、皮膚炎。
どうです、驚くなかれ、九つの種類の薬また薬。門前薬局で処方箋を薬に買えて持ち帰る時には、丁度スーパーマーケットで買い物をした時のあのポリ袋一つに一杯になります。
だが、前述の?から?までの薬は、ドーパミン関連の薬で、効き目はそれぞれ競合していますし、副作用も同じです。本来ならば、この三種の内、どれか一つで良いわけではありませんか。
他の薬は、どれをとっても、1)から3)までの薬の副作用を癒す目的の薬ですが、それらの薬とても、副作用が共通しています。7)の「酸化マグネシウム」なんか飲まないで、牛乳やヨーグルトを多めに飲んだ方が安全です。9)の「ボルタレン」には、劇薬が入っています。初めてこれを塗布した時には、効き目が現れますが、その内、これでは、医者の無責任と言いましょうか、患者の無知と言いましょうか効かなくなります。
そして、患者が治るならばいざ知らず。治らないし、副作用で苦しんでいるのです。
もしも、商人の世界ならば、医者は詐欺師同様だと思いませんか。
「詐欺の場合、大抵は、ひっかかる方が馬鹿」と巷の常識ですが、
こと病気の場合は、医者は、本音も建前も「仁術」の筈です。だが、日本の場合、薬に関しては、「政府・厚生労働省と製薬会社と医師」が三つ巴で、すべて容認しているとしか思えないのです。そもそも医療に携わる者の倫理道徳は、どうなっているのでしょうか。
患者が自宅療養を続けている間は、1)から3)、付随して4)から9)の薬の量は、自分の意思でコントロールができますが、もしも、万一入院すると、そのコントロールが百パーセントできなくなり、担当医と看護師によって、全量が投与されてしまいます。
もしも、患者が拒否をすると、看護師は、「ちゃんと飲んでいただかないと、私たち、先生に叱られます」と、患者に泣き声を放ちます。医者も医者で、「薬は決められただけキチント飲まないと、責任は負えません。飲まないと、この病院から出ていってもらいます。いいですか!」云々。まさにこれは患者への脅しです。
要するに、現代の医療と言うものは、「この病気は、こうやって治す」という
一種のマニュアルが出来ていて、レストランに喩えれば、Menuから外れた
特別料理は注文できないと言うのと同じなのだと解りました。
シェフが自慢の腕を振るった様な料理に匹敵する様な、ドクターが患者一人一人の体調を細かく注意しながら、自信を持った患者に優しい親切な治療は、まずもってしないのだ。と解ったのでした。
土日、祝日は、患者に呼ばれない様に、精神安定剤などを投与して、眠らせておくと言う、それ位のことは、暗黙の了解の様なものであることも解ったのです。
次に、私が、年に一度、あるかなしかで、風邪をこじらせる場合があります。その時、どうしても、病をおかしても仕事をせねばならない時に、医者の門を潜ります。その時に、決まってくれる薬が次ぎの様なものです。
1)「PL顆粒1g.」(鼻づまりや鼻水を抑え発熱、咽頭通、頭痛、関節通、筋肉痛を抑える薬)毎食後1包。副作用としては、発疹、かゆみ。
2)「トランサミンカプセル250mg」(腫れ、かゆみを抑える薬)
毎食後2カプセル。
副作用としては、食欲不振。(血栓症の患者には不適)
3)「レスプレン錠30mg.」(咳を鎮め、痰を切る薬)毎食後1錠。
副作用としては、発疹、かゆみ。
4)「ムコダイン錠500mg.」(痰を出しやすくする薬)毎食後1錠。副作用としては、発疹、かゆみ。
5)「クラリシッド錠200mg.」(細菌の感染を防ぐ抗生剤)朝夕食後各1錠。副作用としては発疹、かゆみ、過敏症。
以上、なんと五種類もあります。
そこで、私は、最初の一週間だけ、
1)と3)と5)の三種類しか飲みません。勿論、医師には全部飲んだ
ふりをせざるを得ません。そして、その後は、缶入りのカクテルを一杯と、
ミーディアムレアーのビーフステーキ(動物性蛋白質)の晩餐を一度楽しみます。それで、後は、ケロリ風邪からオサラバです。勿論、薬は、律儀に、処方の通り、決められた量程は飲みません。自分の肉体細胞に申し訳ないからなのです。皆様は、どうお思いですか?
以上。大橋新也

「神経内科と心療内科の危惧」    
2007年5月3日
今年の五月連休最後の日は、6日です。
そこで、思い出したのが、5月6日は、今日(こんにち)でも、多くの精神科医が心療内科と科目の名称を変えて、治療の元になる学説があります。それは、ご存知「オーストリアのユダヤ人哲学者・フロイトによる精神分析」です。そのフロイトの誕生日が1856年5月6日です。
そもそも、殆どの大学の付属病院には「神経内科」そして「心療内科」があります。
双方とも、原点は、「精神科」でして、半世紀前までは、通称「キチガイ病院」と言われたものです。
東京の世田谷にある松沢病院は、昔から有名で、「脳梅で頭が狂ってしまった患者」や「憑依体質ゆえに霊症を患ったキチガイ(多重人格)」などが多く入院しておりました。
さて、フロイトは、精神病を含めて、全ての奇病は、「性的欲求不満」、「性的コンプレックス」や「マザコン」や「プラトニック・ラブ」などに起因する。その原因が具体的に何であるかを引き出すための作業として、患者に催眠術を施して、心の底に内在せる過去の記憶を呼び覚まして、その中から、「まさしくコレだ」と言う原因を引き出し、さらに、何回も催眠術を施して、「斯様、しかじかのことは、単なる一方的な自己解釈にすぎないから、そんな事は、今後は考えない様にしなさい。さあ、ここで、それを約束しなさい。」など、催眠の中で暗示をかけて、長い時間をかけて、患者の心から癒して行くという処方なのです。
しかし、これは、私の意見ですが、私自身、「催眠術」は、今から凡そ30年前に習得し、催眠術は危険の方が多いのに気づきました。そもそもの習得のきっかけは、自分が不眠症で困った時、薬によって安易に眠りに入ると薬の副作用で、別の悩みと戦わなければならず。それよりも、薬に頼りすぎると、必ず「精神病」に陥ることを懸念して、自己催眠の術をマスターしたのでした。それはそれは、とても速やかに眠りに入ることができます。
だが、目覚める時に、自分で催眠術を解かなければ、喩え目を覚ましても一日朦朧として過ごさなければなりません。ですから、催眠術を取得するには、何が何でも、一番先に、催眠を解く術を会得しなければなりません。
他者に催眠術を掛ける場合、鉄則として、掛けた人が、その都度解いてあげる事が必要欠くべからざる事なのです。もしも、解かないまま、ほっておくと、幻覚と現実とミックスした状態の中を生きてゆくことになり、誠に危険極まりないことです。ですから、私は、絶対に他催眠は施しません。喩え、完全に催眠を解いてあげたと思っていても、ほんの僅かに、催眠が残存していたならば、非常に危険なことです。
然るに、昨今流行の、色々な病院の心療内科で施術される「催眠療法」は、その都度、催眠を解くことをしていません。某名門の大学附属病院で実際に解ったことですが、心療内科の医師は、催眠術或は、それに類似の術をかけることは知っていても、全く解き方を知らないのです。
その様なイイカゲンな施術でも、医師免許さえ所持していれば、堂々とまかり通っているのです。これが実態です。この点について、私は、その医師とやりあった経緯があります。「貴女は、とんでもない事をしでかしている事に気づいていないし、反省もしていない云々」と。
そこで、心療内科の医師の多くは、「自律神経調整法」と名称をすり替えて患者や患者の保護者に説明しています。これは、正しく詭弁そのものです。
さて、話をフロイトに戻しましょう。フロイトの弟子の中に「ユング」と言う人が居りました。ユングは、フロイトの理論に段々と疑問を持ちはじめ、遂に、フロイトから離れて、独自の理論を立ち上げました。
 
その中の一つが、今日も神霊学者の中で頻繁に用いられる、「シンクロニシティー」です。
「全ての出会いや現象は、偶然に起こるものではなく、当然起こるべくして起こるということである。」従って、いかなる病気も、誰の所為でもなく、当然起こるべくして起こる、いや患う。という真理です。
 
言い換えれば、そんなことは起こらない。と心に言い聞かせれば、起こらないのであって、被害妄想で、「これでは、危ない、危ない、もしかすると大事に至るのではないかしら」などと思えば、本当に危なくなる。ということなのです。
 
ですから、身体の場合、「おかしい、おかしい」と思えば、その思いがシンクロナイズして、本当におかしくなると言うことなのです。
 
簡単に言えば、常に陽転思考であれば、大難が小難で済み。小難が難で済むということで、何があっても感謝、感謝で過ごせば、無病息災である。ということなのです。
 
スプーン曲げの場合。スプーンは曲がらないと言う先入観を以ていては、絶対に曲がらないのであって、これは曲がるのだ。と思って、念力を投じれば、フニャーッと曲がってしまうものだということです。
 
「想念は物を創りだす」という言葉は、これらの事が基になっているのです。
 
要するに、哲学と言うものは、化石化してしまってはいけないのです。活かすことによって、哲学の真価が引き出されるのです。引き出すか、それとも、学問の儘で納めておくかは、人それぞれの自由ですが、私としてみれば、活かすべきだと思います。
 
それにしても、絶対に他人に催眠術を施してはいけません。
 
日本の特攻隊などには、部隊長が連日、隊員に、玉砕と言う催眠をかけ、出撃前夜には、女を与え、隊員一人一人に、天皇陛下の御ために・・・。神国日本のため・・・・。鬼畜米英粉砕。など暗示をかけ、決して暗示を解くことをしなかったのは、日本国の二十世紀の最大の汚点です。
 
日本国の最高責任者・陛下ご自身も、軍部に振り回された事は、深く心の傷となって、他界の後も、その傷は癒えておらないと思います。人間は、いかなる場合でも、仁愛の精神を見失ってはならないのです。
以上。
筆者・大橋新也
 

 


 

ホームページ制作、ホームページ作成歯医者SEOインプラントインプラント